つながる語らい場

kataraiba.exblog.jp
ブログトップ

心の病を受け入れる

『 心の病を受け入れる 』

自分が心の病を負うなんて、受け入れたくなかったし、
すごく抵抗があったなあ。
意地・プライド・世間体などが邪魔をしたなあ。
自分自身と向き合わずに、逃げてきたと思う。
たとえば、精神科に行くことを、約1年放置していた。
つながるcaféに行くことも、約半年間放置していた。
受け入れ始めたら、少し気が楽になったよ。
正直、まだ完全に受け入れるには至っていないのが現状だけれど。

みんなはどうやって
心の病を受け入れているのかな?
語ろうよ。



                                          
● 12歳の時に初めて心療内科でうつ状態と言われた。自分の気持ちをなかなか言語化できなくて…。ちょっと元気になってフリースクールに行ったけど、週1日くらい。そんなふうに10代が過ぎた。自傷行為もしていた。学校カウンセラーの人に病院に行くと楽になるよと言われたけど、行けなかった。ずっと辛いまま、死にたくなったことも。精神科の敷居が高くて、行く気持ちになれなかった。20代後半になってようやく受診できた。抗うつ剤を飲んだ。死にたい気持ちがなくなったから、もっと早く受診すれば良かったなと思った。


―自分が受け入れる、親が受け入れる
● 兄弟が知的障害だったので、両親は病気や障害について、どうこう言うことはなかった。私は小学校から不登校。プレイセラピーを受けていても、心が晴れる感じはしなかった。人に対して責めるようなことも言ったことがある。今も未熟だけど、今よりももっと未熟な中で、モヤモヤしていて、どこが苦しみかも分からなかった。

● 17歳の時に突然幻聴が聞こえ始めて、これはやばいなと思った。保健室でそのことを言ったら、精神科に行こうと。自分は治るのなら、とっとと行きたかったが、親が抵抗した。先生に親を説得してもらって、しばらくたってから、ようやく行けた。行っても、親は病気を認めないという状況がずっと続いた。病院を転々とすることになった。自分が心の病を受け入れる気持ちでいても、周りの環境が受け入れてくれないことがある。説得し続けて、ようやく受け入れてくれた。


―認めると楽? 認めない方が楽?
● ずっと病気を認めてこなかった。ダラダラした状態が楽だなあと思っていて(本当は楽ではないのだけど)、現状から一歩踏み出す勇気、エネルギーが足りなかった。踏み出した方が、ずっと楽になるのに…。自分自身の状態に対して、ずっと無頓着だった。身体はサインを発していたのに。身体や心のサインに、気付いてあげればよかったな。これからは、そうしていきたいと思う。

● 心のどこかで分かっているのに、見ないふりをする自分。年単位、何十年単位で見ないふりをする自分。その粘りもすごい。認めると楽になるのに認めない方が楽と思っている自分がいる。

● 受け入れて、そっちの方向に行ったら、きっと楽になるなと、チラチラ見えているのに、そっちに行けない。なんでだろう? 人からどう見られているのかという気持ちがある。馴染みのない方向に行くことに勇気が出ない。行っては戻り、行っては戻り…。粘る自分との対話の中で見えてくるものもある。

―何を受け入れるのか
● 受け入れたら楽になるな。もういいや、認めようと思ったけれど、だからといって病気が良くなるわけではない。何を受け入れるか、ということなのかな。意地、プライドを手放して、病気を受け入れたけれど、本当に必要なのは苦しみを受け入れるということなのかな。段階を経て、少しずつ受け入れている。

● 20年近く前にクリニックを受診した。薬を貰って休職した。薬をやめられるのではないかという希望があり、まだ病気を受け入れていない部分がある。病気を受け入れて治していけるのか、しっくりこないでいる。

―ちょっとの勇気
● このテーマの文章を読んで、「あー、みんな受け入れてなかったんだ」「みんな、もがいているんだ」と安心した。電車で白い杖の人、車椅子の人を見ると、「この人は受け入れたんだな。すごいな。」と思う。心の病は目に見える病じゃないから、何とかなるんじゃないかと思ってしまう。

● ちょっと楽になってくると、薬を勝手にやめちゃって、おかしくなっていたことがある。心の病を見て見ぬふりをしていた。ダラダラして、現状維持をしていた。今考えれば、ちょっとの勇気なんだけど、ひとつ乗り越えても、また次に乗り越えることがある。今もちょっとの勇気を出せないでいることがある。このままじゃいけないなと思っている。

―理解されない苦しさ
● 私は何十年も身体がだるくて、動くことができず、寝ていることが多かった。お前が悪いんだと常に言われて、私が悪いんだと常に思わされていた。動けないのは、私に根性がないから、やる気がないからと―。そうじゃなくて、私は病気だったんだということを初めて知った。今でも病気を受け入れるまではいってないのだけれど、仕事も少し行けているし、私って病気じゃないんじゃないか、自分は普通の人なんじゃないかと思うことがある。でも、私には私を助けてくれる人達、モノ達がいる。お月様とか架空の友人と対話して、自分の気持ちを落ち着かせている。

● この場を借りて自分に聞きたい。私は病気を受け入れたいと思っているけれど、受け入れていないと思っている。なぜ受け入れられないのかな? 頑張ってしまう。医者が、頑張れ頑張れと私に言った。「一種の甘えで仕事ができないんだよ」と医者に言われたので、わからなくなっている。薬が効かないのも辛いところ。



● 私が子供の頃は、うつの理解が進んでいなかった。朝になると、頭痛や身体が動かないことを理解してもらえなかった。学校に行かないなら、フリースクールに行けと。家で勉強しろと。とても疲れてできないのに、理解されない。身体と心が休みたいと言っているのに、周りから焦らされる。自分でも焦る。学校時代から、ゆっくり休んだことがなかったなと思う。子供のときにゆっくり休んで治していたら、こんなに長引くことはなかったのかな。自分が病気なのかもわからず、ずるずる生きづらさが続いていた。周りも受け入れてくれないと辛い。


―心の持ち方のクセ
● 心の病気って、「心の持ち方」という。自分でコントロールできるような感じがまだあるから、受け入れようか迷う。

● 自分のいろいろな困ったところ、どうしてそうなのか、ずっとわからなかった。今は、わかった。自分を大切にしなさいとアドバイスされるけど、家族に大切にされてこなかったから、自分を大切にするということがわからない。努力しなさいとインプットされてきた。それ以外のことがわからない。でも、みんなそうなんだなとわかったら、少し楽になった。

● 心はコントロールできるものだと思う。それができないのは、その仕方をトレーニングしてこなかったからだと思う。患者は、自分は病気だと認識すること、どんな病気かを正しく知ることが大事だと思う。患者自身が治していこう(心をコントロールしていこう)という強い気持ちを持てば薬もよく効くと思う。

● 私はうつ病。うつ病によく効く認知行動療法を受けた。これをやれば再発防止にもなり、いずれ薬もいらなくなると心理士に言われた。コントロールとは、考え方の癖を直すということなのかな。それが生きるということなのかな。

● 私は丹田集中法をやってみている。薬のことを考えなくなった。丹田を意識しているといいのかなあ。 

● 姿勢を治すこと、正すことは、ずっとそれをやろうとすると大変だけれど、気がついたら変えるというだけでいいですよ。

―心と脳とのかかわりは?
● 僕の場合、脳の伝達物質が少なくなったり、過多になったり、脳が失調している状態。外の環境を整えていくことと、中の環境を整えていくこと(薬を飲む)の両方が大事とわかってきた。僕は外の環境を整えることをまずやってみた。何が自分にいいか考えた。そうしたら、薬も変わってとても良くなった。100%の力を出せなくてもいいのかなと思う。疲れてくるとしんどくなる。再発する恐れがある。そういうことをどう受け入れるか、日々考えている。

● うつ病で脳の伝達物質が足りなくて、薬を飲んでいる。そのことと、考え方の癖を変えることとが、どう関わっているのかがわかりにくい。

● 私のカウンセラーの人は、うつ病を「心のかぜ」と言うとその人のせいのように思われてしまうので、「脳の病気」と言う。
 
● いろんな療法をやってみたという歴史は、いいなあと思った。 

● 自分の関心のあることはやってみようと思っている。その歴史が楽しいから。

● 楽しくて、苦しいね。  


………<感想>………

◆ みなの告白を聞いて、ちょっと安心しました。

◆ どんな声掛けをしてもらっても、自分がそれを受け入れられなかったな…。受け入れて治るのかなという不安があったから。

◆ いろんな考え方があるんだな。いろんな人生の歩みがあるんだな。いろんな意見を聞けてよかったです。

◆ 心の病に限らず、「受け入れること」が難しいな。 
 
◆ 受け入れたら絶望と思っていた。実際は受け入れたらホッとして希望が見えてきた。 

◆ 皆も悩みを抱えて生きてきたんだなとわかって嬉しい。
 
◆ 病気を受け入れられなくて、ほっぽっておいたな。嫌なことを受け入れられたことがあって、病気の苦しみも受け入れていくことができるのかな。

◆ 近視と老眼も受け入れられないでいます。  

◆ バカボンのパパのことが浮かんできます。「これでいいのだ」を嘘でもいいから、言ってみると楽になります。
 
◆ このテーマを出したときは、皆さんは受け入れているのかなと思っていたが、受け入れられずに悩んでいることを知った。 

◆ その時にフィットする何かがある。私はあれもOKこれもOK、これもいいのだと言えたらいいなと思った。 

◆ 皆、それぞれ背負っているものがある。「一人でいること」と「不足でいること」が最悪だとネットにあった。僕はネットの中だけで生きる廃人だった。それに耐えられなくなって、外に出るようになった。皆さんに、いま、ここに居ることの感謝を込めて。

◆ 健康な人も、健康でない人も、自分が楽しく過ごせるように工夫できたらいいなと思う。

 
第23回つながる語らい場
2012年9月5日













 

[PR]
by tsunagarukai | 2015-05-02 09:03