つながる語らい場

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つながる語らい場 第9集

                                              
もくじ 
『生きる意味について』 ……2

『他者とくらべること』 ………9



はじめに
「つながる語らい場」は、皆で作り上げてきた、
それぞれの思いを語り合い、
その思いが皆の心の糧となっている大切な場です。

同じような悩み、つらさを感じている方へ、
少しでも助けになればと思い、この冊子を作りました。
パラッとでも読んでいただければ幸いです。


つながる語らい場 参加者代表 


『生きる意味について』



深い深いふかい、問い。

ひとはなんのために生きるのだろう・・・
わたしはなんのために生きているのだろう・・・
わたしは生きていることにどんな意味があるのだろう・・・

いつもひとりで考え続けてきたこと。
考えないようにしても、わきあがってくること。
わきあがってきても、気が付かないように
奥深くにふたをしてきたこと。

どうしてこんなことを問うのだろう。
みんなもこんな問いをしているのかな。
私のなにかが、この問いを自分にもってくるのかもしれない。

考えると、不安になる。苦しくなる。怖くなる。
今日はそんな難しいテーマ。
でも、きっと、こうして人と一緒に語れるのはここだから。
一人じゃないことの力がきっとある。

語ろうよ。

…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・

・・・静かな時間・・・

*思春期に、このことについて考えた。
今の私は、思春期のときとは違って、再びこの言葉にぶち当たっている。死にたいという感情にひきずられる時に、逆になんで生きているんだろうと考える。

*楽しく順調にいっている時は、生きている意味をあまり考えない。病気になった時、つらい時に、考える。

*成長っていうのは20才まで。その後は老いと向き合う。
 どうやって自分の衰えと向き合うのか。人生の4分の3が老い。その苦しみとどう向き合うか。上手に向き合えれば、生きているって、すばらしいって思えるのかも。

*今の私は生きているという実感がない。

*人は何のために生きるのか? みなさんの考えを聞いてみたかったから、このテーマを出した。

*新聞のイチロー選手についての記事がよかった。小久保監督が「何のために野球をやっているの?」とイチロー選手に聞いた時、イチロー選手は、記録を作るためではなく、自分の成長のためにやっていると答えたそうだ。このことはどんな人にも当てはまるんじゃないか。
一人暮らしを始めて3か月になる。自分が成長するためって言えるのは、なかなか大変だなと思っている。

*人生の最期には、何も持っていけない。何をもっていけるのかと考えると、楽しかった思い出かな。
 苦しいことも、思い出として残せれば、生きた証になる。

*体調が悪い時にこそ、健康のありがたみがわかる。
 生きる意味は、健康が一番!

*生きる意味がわからない。でも一生懸命考えようとがんばる。
 自分には未来がない。未来に希望がある人は、生きる意味など考えないのかも。
 自分は未来がないから、なぜ生きると考える。

*今まで生きる意味を考えて生きたことがない。
 振り返ると、大変な人生だった。だから考えることをしてこなかった。こわかったのかな。
 今、大変だったことから解放されて、自分の人生ってなんなのかなとは思う。

*私は生まれてきた意味がわからない。
 五体満足なのに、ちゃんと働けてない。障害のある人も働いているのに。
 生まれてきたからには、自分でいのちを断っちゃいけないし、ここで生きる意味を見つけなければいけないと思う。

*生まれた時から、使命がある。自分はそう信じている。
 使命がやって来た時にがんばろうと思う。人生に意味がないとは思っていない。

*生まれてきた意味はわからないけど、胸をはって生きようと思っている。自分に二重丸を書いて。
 みんな頑張って生きてるから、自分も頑張って生きなきゃって思う。

*深い問いがあった時、その問いをもってきた自分がある。
 ちゃんとやらなきゃという思いが、その問いをもってきたのかな。
自分が存在している実感がなかった。
 なんでちゃんとやらなきゃと思うんだろう。なんで自分の存在が不安になるのだろう。その疑問にも価値がないと、ずっと信じていた。自分が無価値だと信じていた。
なぜそう信じていたか。それを丁寧に見ていった時、単純なことに気づいた。おいしいものをおいしいと感じていいんだ、何かを感じた時に、その感情を大事にしていいんだ、と気づいた。
 自分を生きていなかったのが、生きはじめた体験です。

*つながるcaféに来る前は、自分の気持ち、感情に気づいたことがなかった。caféに来て、そのことに気づいた。それが生きづらさであることに気づいた。

*自分の感情にうそをついていると、周りの人はついてこない。
 自分の言葉で話すと、周りが助けてくれる。

*何のために生きる?と考えたことがすごくある。
 死ぬのが怖いから、生きている。もしリセットボタンなんかがあったら、生きていないかな。とりあえず、生きるしかないかな。

*死ぬ方が簡単。生きる方がつらい。
がんばろうとしている自分がいる。生き続けるのは一番つらい。自分は生きる方を選んだと、自分を評価したい。

*フランクルという心理学者の本を読んで、共感した。
「自分が人生に何かを求めるのではなく、人生が自分を求めている。人生が自分を求めているので、他の人とは取り替えられない」と。
 深いな、と思った。
 
*「こういう人生を生きたい」というものがあるけれど、思うようにいかない。生まれる前から人生がプログラムされていると聞いたことがある。病気になったことについて、それには必要があってそういう風になったと。自分の本質を教えるために、その症状がある。病気を通して何かを得るために起きている。

-感想-
*これからは、楽な方ではなく、難しい方に行くことができたらいいなあ。チャレンジをしたい。自分と向き合って、後悔をしないように生きたい。

*人の目線を気にするのではなくて、自分を大切に生きたい。

*テーマを見て、ずいぶん前から話すことを考えていた。今日の自分は思うように話せなかった。背負っているもののしばりがあった。

*聴くばかりの自分でした。話したかったけれど、緊張して話せなかった。

*今日参加して、自分にもあてはまると思ったことがあったけれど、まだ受け入れられないでいる。
私のおばあちゃんは、「今が一番幸せ」と言っている。そのことをよく考える。

*生きるって、答えが出ないけれど、亡くなるときに答えが出せればいいなと思った。

*人生の目的を求める。人生の方が自分に目的を持っている。目的は作るものでなく、見つけるもの。海に浮かんで足がついていない感じがする。目的を見つけられたら、底に足がつけるのかな、と思っている。

*2年前は生きることがつらかった。そのときに比べると、今は美味しいものが美味しく食べられる。それもずいぶん良いことだと思った。

*生まれてきたからには、自分でいのちを断つことはできない。生きる意味―。大切で重いテーマだった。


第125回 2016年8月に実施しました。






『他者とくらべること』
 

他者と自分をくらべると、苦しくなるなあ。
他者は、順調な人生を歩んでいるように見えるんだ。

自分は、他の人が得ているものを、得られなかったなあと思う。
自分は、他の人がしていない苦労を、しなければならなかったなあと思う。

自分の感じ方や考え方が、人と違うと思うこともある。
私のことを人に説明するのは大変だなと思う。

他者と私。
くらべなくていいとわかっていても、くらべちゃう。
いろんな思いを、語ろうよ。


…♥♥……♥♥……♥♥……♥♥……♥♥……♥♥……♥♥……♥♥……♥♥… 

子どもの頃、「○○ちゃんが、あのおもちゃを持っていていいなあ」と言うと、「よそはよそ」と言われて、言えなくなっちゃった。
比べることを閉じる苦しさ。比べる自由がない不自由さがあった。

他者と比べられてきた。いとこの方が自分より成績が良くて順調で、比べられちゃって来た。

自分が人と違うことに苦しくなる。なぜ、違いをそのままにしてくれないんだろう。人と違うことに理由がいるのかな。

他者と比べることには、いいこともある。自分を客観視できる。

私の場合は、人と比べることができるような環境や人間関係からも離れている。他の人がしている苦労をさけようとしている。

自分と他者とを比べると、疑問が出てくる。たとえば、風邪をひいて休む人を見た時、「どうしてこの人は休んで良いのだろう? どうして私は(以前の職場で)休んではいけなかったんだろう?」と。

私は、何かと人と比べがち。病気になってからは特に、人と比べて落ち込むことが多い。

お話を聞いていて、3つの視点があると思った。一つ目は、評価の視点。「上手」と「へた」、「できる」と「できない」というように人と比べること。二つ目は、人にはもともとの違いがあって、それは自分ではどうにもならない違いであるということ。三つ目は、自分が我慢していることを他の人はゆるされているのが見えたときの苦しさ、かな。

苦しさをわかってもらえないのは、その人がイジワルしているからじゃなくて、わかってもらうことが無理なことなのかもしれない。

比べるという物差しは、単純じゃない。「20代のように働けないよ」と言われるが、40代には40代の働き方があって、比べ方は一つじゃないと思う。

自分は常に人と比べちゃう。同じ病気の人たちの中でも、「この人はこんなにがんばっているのに、私はダメだなあ」と苦しくなる。どうやったら比べなくなれるのかな。確固たる自信がもてるといいのかなあ。

人と比べないまなざし、どうやったら持てるのかなあ。

うつ病を経験した人が語った、「がんばらない、焦らない、比べない」という言葉を大切にしている。

親に、「弟はミルクをのんで育てやすかったけれど、あなたは育てにくかった」と言われた。自分ではどうしようもないことなのに。比べるのは相手の物差し。私の物差しと違う。説明してもわかってもらえないものは、物差しが違うからだ。

相手の物差しに合わせなくていい。相手の物差しを変えなくていい。

自分の物差しって、何なんだろう?

比べることには良い面もある。比べるからこそ、他者と自分の違いがわかる。でも、行き過ぎると差別になる。

私の物差しはどんなかな? 自分が何を望んでいるのか、発見できるのかも。

きちんと納得するとか、身にしみてわかるプロセスがあればいいのかな。底がつく―。そこから始めたいな。

相手の物差しに合わせすぎて、自分の物差しは持っていなかったな、と思った。自分のための物差しを、いま、ここで育てている。

自分の物差しは、評価することだった。ただ「人はそれぞれ違いがある」という視点で見たとき、変わってくるのかなあ。

比べなくていい、と本当にわかりたい。

「あの人に出来て、なんで自分は出来ないんだ…」と思い始めたらキリがない。

以前、人と比べていたころは、毎日が苦しかった。比べることは自分の得にならない、とわかった。
いま、「今日の自分」に夢中になっている。

肩に力が入っている自分は、まだ人と比べているんだな、と思う。自分を第一に考えていければいい。

発見がいっぱいあった。自分を大切に生きていくためには、途中のプロセスで人と比べることもある。その先に、自分を大切にして生きることがあるのだろうと思う。

第133回 2017年1月に実施しました。


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# by tsunagarukai | 2017-10-28 17:16